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To tomorrow From yesterday

カテゴリ:映画、書物( 9 )

49日のレシピ

和久井映見...いくつになっても変わらない可愛さを持っている。
そして、芯の強さも...感じる。

不妊治療をしながら、ずっと子供が出来なかった彼女は、
子供がこのまま出来なくても、彼のお母さんを大事にしながら過ごそうとして来たけれど、
彼女の旦那さんは、浮気をしていた。
浮気相手に子供が出来、その彼女から、彼(旦那さん)は、あなたが哀れで別れられないのだと電話して来た。
彼女は、彼にどうするのか訪ねると、君の事も愛している...でも、彼女の事も捨てられない...と言った。彼女は、指輪と離婚届に自分の名前を書き込んで家をでる。
子供のが出来ない女は、浮気をされても我慢しろと言わんばかりの身内の言葉や、寝たきりのお母さんを放っといて出て、家政婦代金を旦那の兄弟で折半なんてと責める義理の姉の言葉...なにも事情を知らない者が彼女を責める。
そんな言葉に、彼女は、自分の人生に意味が無いって...女で生まれた自分が無意味だって...思わず悔し涙を流す。

49日のレシピは、そんな彼女のお父さんが、彼女が小さい頃に再婚した人が書き残したレシピ。
自分が死んだら、読経や焼香は入らないから、49日にこのレシピを振る舞って、皆で楽しんで欲しいと書き綴り亡くなった乙母=オッカ(再婚した二人目のお母さん)。

彼女は、乙母にしか聞けない言葉があった...頑固な父に怒鳴られてもいつでも笑い飛ばしていた乙母に、お父さんと子供をもうける事無く死んで行ったあなたは...あなたの人生は、幸せでしたか...?

全部で4回のNHKのドラマです。
きっと、お父さん(伊東四朗)の乙母へのの悲しみや、彼女(和久井映見)の傷ついた心が、乙母のレシピで少しづつ、少しづつ癒されて行く物語なんだろう...と想像はできるんですが、何となく、気になってみてしまいそうです。
by marquetry | 2011-02-15 23:12 | 映画、書物

沈まぬ太陽

見たいと思っていた映画のひとつ...劇場に行けず、レンタルしようかと考えていたら、TVで放送になった。...しかし、心配していた通り、CMが多く長い(怒)...せっかくの映画が台無しだ。

昨日、カンブリア宮殿で、山一証券の話がチラリ出ていたけど、日本の企業の多くは、経済急成長の中で、何か見失ったまま走ってきたのかもしれない。
カンブリア宮殿は、現在のモリタ(消防車を作る会社)の社長を招いての話だったが、彼は、山一証券の帳簿の検査を調べ、2300億の負債をあぶり出した人である。...それを公表し、立て直しする様当時の社長に提案したが、返事は子会社への左遷だった。その後、5,6年で山一は破綻。今のモリタの社長に着任する時、借金の無い会社だと聞いて来たが、実際は数十億の謝金があったとか...。
現在、謝金を返済し黒字にしたのは、彼が松下塾の前身で学んだ経営学だ。
彼は言う...こうゆう経営者の姿勢が、松下と言う巨大企業を維持し続けていると。
そして、こうも言っていた。当時の山一証券の社長は、会社を守り社員の生活を守る事よりも、保身を選んだのだと...。

私は、労働組合などにはあまり関与したくないと考える人間だが、もともとは、不当な労働への健全な権利から成り立ったもの...今では、会社の事等おかまい無しに給料UPする団体も多く感じますが...物語の主人公は、真剣に会社の為にと志を捨てなかった...どんな扱いを会社にされても、彼は、会社に残り戦った...なんの為に?守りたい物の為に?...。

日本航空の経営は、私が生まれる頃すでにほころびが出ていたのかもしれない。
話に聞いてるだけだと、そんなものさ...程度の事も、映像で見ると、ムカムカ腹の底にマグマが湧く。会社の責任は、退任とお金で表向き果たされる事が多い...しかし、本当の責任は、その後も、その会社の姿勢で少しづつ果たされて行くのかもしれない。日航は、再三の再建でそれに気がつく事が出来るだろうか?先日の、特番の中では、少なくとも現場の人間は、真摯に頑張っている様に見えたが、経営陣はどうなのだろう...意識は、変えられたのだろうか?

日本航空は日本国のナチュラルフラッグキャリア...税金が投与され続けて来た。
その上にあぐらをかいて来た経営陣は、退任しても、金太郎飴の様に、また同じ様な経営者が後を絶たない。また、政府の肝いりと守られながら、政府に振り回されている事も事実らしい...。

私には、日航の問題も、戦争も、長い時間の中で絡み合う歯車が複雑にかみ合い、あらぬ方向へと力が向いてしまっている様に感じる。
その中で、翻弄されながら、ぶれずに生きようとする者は、いつでも、貧乏くじを引くのかもしれない。何を貧乏くじとするかによって、見ようによっては違うと言えるが...。
枯渇している人間は、毒だと解っていても目の前の水に手が伸びる...良しと出来ない人間は、どんなに澄んで見える水でも、その水を飲み干せない...喉がかわいたままでも、毒されずに済む...。

しかし...自分が枯渇するだけなら我慢も出来るが、無関係な家族まで手が及ぶとなると、毒と解っていても飲まざる終えないのかもしれない。...そうして飲む人間が苦しむ苦しみと、家族を巻込んでも飲まざる者の苦しみと、どれほどの違いがあるのだろうか。
家族に迷惑をかけるのを承知で、飲まなかった人間が、飲み干した人間の方が苦しいのかもという。

映画の中で、渡辺謙よりも香川演じる役がなんとも言えない...。
そして後半の三十分...良しと出来ない男が決断する事は...。

主人公が日本に帰って来て、墜落事故の処理をしながら、会社の立て直しに力をかして欲しいと言われた時、彼は、自分が表に出れば会長の迷惑になると最初は断ります...そして、こうも言います
『...アフリカのサバンナの夢をよく見るんです。...楽しい夢ではないんです、けど、目覚めると、妙な安らぎを覚える...向こうにいるときは、あんなに日本に帰りたかったのに、こっちに帰って来たら、恐ろしくて、残酷で、気が休まるときが無い...この会社は、何も応えてくれないんです』と。
そういいながら、彼は、やっぱり会社に残り続ける。
終戦の時に見た美しい夕日に理不尽さを感じながら、もはや、皆が正しいという声だけを信じる事は止めようと誓った彼は、再び見るアフリカの太陽に、荘厳な太陽の光に満ちあふれている...それが、明日を約束する沈まぬ太陽に思えると言葉を閉じる。

てっきり、事故の事だけが書かれた物なのかと勝手に思い込んでいた私は、あれ?という思いから、なかなか飲み込めずに物語を追った。
この映画は、語らぬ部分が多い...やはり、原作をじっくり読むことが私には必要のようだ。
不毛地帯といい...山崎豊子の作品は、男の背中が語る事が多い。実際の台詞や表情よりも、主人公が取る行動に、因果がからみ、背中にあらわれる想いが、縮んだり重くなったりする。
時代の流れとともに、変化して行く物と変わらぬもの...守りたいもの...が、男の背中で重なり合う。
女性の視点から描かれているからだろうか?それが押し付けがましくない。
...もう少し落ち着いたら、きっと本を買って読むだろう。
その時は、きっと、また違うものが見えるかもしれない。
その時、また、ブログに書こうと思う。
by marquetry | 2011-02-11 23:54 | 映画、書物

『ハンコック』

超人ハンコックの物語。
これが以外と心に響いた。
一見、単なるヒーロー物かと思いきや...私のイメージは覆された。

ハンコックは、記憶が無いまま80年を過ごす。
力持ちで、空も飛べる...、彼は、勿論その力を人助けに使っているんだけれど、何故か助けた人からまで、非難される...誰も、彼のした事を喜んでくれない。...超人的な彼がジャンプをすれば道路には大きな穴が出来、彼が悪人を投げ飛ばせば、周りの建物ごと一緒に破壊してしまう...加減をすればいいのに、彼はどこかひねくれていた...彼を理解してくれる人も、彼に感謝する人もいない...彼に近寄ってくる女性すら、まるで性的欲求のハケグチの様に彼を通り過ぎて行く...彼は孤立していた。

ある時、踏切に閉じ込められた一人の男性を車ごと助けた...そう、車ごと線路から投げ飛ばしたんだ。当然、命は助かったけど、そのとばっちりをくらい、車をつぶされた運転手や周りは彼にBoooイング..非難される彼は、いつもの事の様に、苦虫を噛んだ顔になる。
助けられた彼は、Boooイングの波を割って、彼に感謝する...そこから、ハンコックの日常が変化する。...助けられた彼は、自宅に招き、妻と息子を紹介する。

この物語の中で、超人ハンコックは、実は数千年も前から人類に溶け込んだ天使や神で、ゆうに三千年以上の歳になる事が明かされる。...この地点でも、単に超人ヒーローと欧米お得意の堕天使の融合か?と思われるが、その設定が変わっている。

数千年前、ハンコックと同じような超人が、何組も地上に降りる。
現代で言うところの神は、彼らが愛を知り、夫婦となって一緒に過ごすうちに、その超人の力がなくなる様にした...人間と同じ様に過ごせる様にと。
つまり、愛し合い、共に過ごすという事は、やがて命の終わりが来る道を選ぶことになる。逆に、惚れていても離れていれば、不死身のまま何千年も生きられる訳だ。
ハンコック以外の超人は、皆、共に愛し合い、特殊な能力は消え、人間と同じ様に、事件に巻込まれたり、歳を取りながら死んで行っしまった。

彼は、80年前まで、一緒に地上に降りた彼女と共に過ごしていた。それまでも、何度も命の危険にさらされ、その度に二人は離れ、また引き寄せられる様に出会い、求め合い、力を失いそうになる頃、また何かの事件に巻込まれ、どちらかが命の危険にさらされ、その度にハンコックは彼女を助け、ひとり離れて行く。80年前、デートの帰り道彼と彼女は暴漢に襲われる。彼女を助けようと戦う彼は、頭蓋骨が骨折し倒れる...二人で過ごしていたせいで不死身の体は不死身ではなくなっており、救急車で運ばれ、緊急手術を受ける...手術後意識は戻るが、命の危険は消えない。彼女は病室で意識が戻った彼に駆け寄るが、彼は記憶を失っていた...彼女は、彼の為に、病室を離れ、姿を消す。

ハンコックは彼女が去った後、1時間で切り傷も頭蓋骨骨折もすっかり直り、記憶が無いまま退院する...新聞に載る程の出来事だったが、誰もハンコックを訪ねたり、探したりする者は現れなかった...彼は、消えた記憶の中で、自分は誰にも探される事の無い存在だったのだと思いながら80年を過ごすことになる。自分を知らない自分と、自分を理解してくれない世間の中で、彼は、漂う様に生きていた。

物語は、ハンコックの消えた記憶を知る人物との再会から急展開する。

私は、愛しているからこそ一緒にいたい...お互いに生きる為には離れていなければならないという運命なんて認めない!そんな運命は自分の手でかえてやる!って思う性格...でも、そう思いながらも、愛した相手が生きている世界を愛おしく思う自分もいる。...もし、私にどちらか選択を迫られる時が来たら、私はどっちを選ぶんだろうか?...やはり、彼が生きている世界を選ぶだろうか?
何千年も、彼が誰かの側で子供を抱き微笑んでいる姿を見守る事が出来るだろうか?...あるいみ、なんとも切ない物語だと思う...映画自体はちってもそんな重々しいモノではないけれど、私には、なんとも切ない愛の物語にしか見えない。現代版フランケンシュタインというところだろうか?

ただ、見終わった後、私は、自分の中に存在する、ほのかな温もりに触れた様な気がした...私にも、まだ、そんな気持ちが残っているのかもしれないと、少しだけ勇気をもらった様な気がした。
逢えない事が最悪なんじゃない、彼が幸せかどうか?感じられない事が、信じられない事が最悪なのかもしれない。...私は、まだ、ちゃんと愛せる...そんな気持ちにさせてくれた、そんな映画でした。

きっと、他の人とはズレているかもしれないので、参考にはならないかも知れませんが、良かったら、一度見てみてください。
by marquetry | 2011-01-15 01:01 | 映画、書物

『やさしい刺繍』

夫を亡くして9ヶ月にもなるのに、まだ喪に服して、黒い服を来ている老女。
それを見ていて、心を痛めた髪結いの婦人が、
なにか元気づける方法は無いか?と、老女と仲が良かった二人に相談します。

裁縫が得意だと聞いた町の男衆は、
老女に、町の伝統、教会の男声合唱団の旗が、ネズミに食べられ、
ボロボロになったから直して欲しいと頼みます。
老女は、修理に使える生地が無いか?と家中をさがします。
髪結いの婦人は、それを手伝いながら、ひとつの化粧箱の中身を見てしまいます。
それは、きれいなレースや刺繍の施されたキャミソールやブラジャーの作品。
老女は、下着や刺繍まで施せる職人だった...結婚して夫に反対されるまでは...。
老女は、ポツリと言う...パリでランジェリーショップを開くのが夢だったの...と。

結局、旗に使えそうな生地は見つからず、
旗の生地を手に入れるため、久々に街へ出かける事に...。
髪結いの婦人や、仲良し老女も一緒に...。

髪結いの婦人は、生地を買い入れたあと、
街のランジェリーショップへ立ち寄ります。
仲良し老女は、レースの下着をみては、したない...と眉間にシワを寄せますが、
老女は、じっと見つめてこういいます...縫製がなってない...これではわきが吊る...等々。

田舎町に戻って、髪結いの婦人は言います...夢をあきらめないでと。
老女は、そう、80代ぐらい...髪結いの婦人は、50代くらい。
仲良し老女Aは70代で施設でくらし、仲良し老女Bは夫の介護を献身的に暮らしていた。

老女はひとり、街へでかけ、レースや刺繍の材料を購入し、
昔の感覚を取り戻そうと作り始めます。
そんな姿を見て、老女Aはこの町で買うものなどいない...恥をかくだけだと反対。
老女Bは、そんな下着をつくる老女から離れていきます。
髪結いの婦人とその娘だけは、喪に服していた老女が、みるみるイキイキしてくる姿を喜び、
協力していきます。
老女が元気になっていく姿を横目に、仲良し老女達の心にも変化が現れます。

そんな中、やっとランジェリーショップがOPENという時に、
町の男衆にその事がバレ、笑い者にされます。
婦人と老女は、肩を落とし、店を開ける事をあきらめようとします。
そのとき、老女Aはインターネットで販売したらどうか?と言ってきます。
また、老女Bは、車の免許を取るから、郵便局までの配送は自分が手伝うと言います。

...映画は、アクションも情熱的な恋愛でもない、ありふれた物語。
田舎町ではありがちな保守的な男衆と、そこに従って来た女達。
おしゃれな事も、目立つ事も、他と協調できないことは、
うけいれられないこの田舎町で、老女は、しっかりと自立する。
老女が起こした行動が、すこしづつ男衆たちに変化をもたらしていく...。

やさしい刺繍の老女は、とっても素敵な表情に...。
女性として、いつまでも、こうゆう表情でありたいと、ちょっり勇気がもらえる映画です。
by marquetry | 2010-10-30 11:18 | 映画、書物

帝王学のすすめ...

先日、ひょんな事から、インターネットで覗いてみた。
『帝王学のすすめ』
私の日本語力では、到底理解はできそうにないのですが、
この中に、『六正、六邪』という部分を見て、感じたことを、書き留めておこうと思う。

“帝は直言に耳を傾けるべきである....自分の欠点を批判してくれる人(諫議太夫)を何時も側に置き、信用する様にしないと組織の維持は危険なことである...云々...人材の見分け方として、六正とは、聖臣(兆しもみえないのに存亡の危機を救う)、良臣(美点をのばし欠点を補う)、忠臣(勤勉に努める)、智臣(予測し禍いを転じて福となす)、貞臣(節度を守る)、直臣(へつらわず意見を述べる)、六邪とは、見臣(務めにに精励せず世俗に無批判に順応する)、諛臣(ゆしん;主人に迎合ばかりしている)、姦臣(一見温和だが口が達者で陰険に人事を操作する)、讒臣(ざんしん;自分の非をごまかすに足る知恵を持ち弁舌は巧みでもめ事を作る)、賊臣(権勢をほしいままにする)、亡国の臣(よこしまな邪心をもって主人にへつらい主人の悪をつくる)の六つである...”

心の中まで、覗くことは出来ない...だから、真意は他人に理解し難い。
...だから、この、六正六邪を見分けることは、困難ではないのか?

言葉巧みに、もめ事を起こし陰険な振る舞いを、誰が気がつく事が出来るだろうか?
正邪の判断は、結果的に、危機を救うことになった...とか、福となったとかでしか解らないのであれば、厳しい言葉を言ったのが、正なのか?それは邪の思惑なのか?...紙一重か、表裏一対の様なものを、どう見分けるのか?
それを見分けるのが、帝王の資質や才能なのか?...ここまで来ると、第六感の様な物だとしか、私には説明ができないし、理解もできない。

創業し守成することは、先々で判断し決行して行く連続...自分の周りや、組織の周りを見たとき、
これらを見抜くことが本当に可能なのだろうか?

本質的なものは変わらない...とはいえ、人は変わることが出来る可能性を秘めている。

どちらが鶏でどちらが卵なのか?

CMに、やさしさは見えないけど、思いやりは見える...というのが有るけど、起きた結果で見ていくなら、思いやりに見える行為に悪意が有っても、解らないではないのか?
六邪の様な存在は、自分の手は汚さないだろうし、シッポも見せないだろう。
また、六正が六邪に豹変することも有るのではないか?
...信じることが先なのか?信じさせることが先なのか?...どこかで、不変的な信頼や真実の姿が見えることが有るとすれば、それは、やはり、心で感じることしか出来ないのでは?
心の目は、開くことが出来るのか?
その為に、仏教では、魂を磨くように指導するらしいが、
本当の姿が映しだされる程磨くって...一生のウチに出来るのだろうか?

...この内容を、もし理解出来ても、人材を見分けること、六正を側に置ける求心力などが出来るとは限らない...では、何の為に帝王学を学ぶのだろうか?...その知識が智慧となるには?

私には、???はてなが途方も無く出て来るばかり...。
弱気心でこれを見てしまったら、本当のやさしさまで、疑ってしまうような不信以外抱けなくなりそうです。...帝王学って、強い心の持ち主以外には、むやみに見せてはいけない物なのかもしれない...と、そこから先を読むのを止めてしまった私でした。
by marquetry | 2010-10-09 00:05 | 映画、書物

インセプション...。

学校帰りに、観てきました。
内容は、触れずに起きましょう。

映画を見ながら、私は、正直、ボッーっとしていました。
病院に行くのを忘れ、そのまま、薬を飲んでないせいか?ジャイロの状態が数日続いていましたが、そのせいではなく、記憶の隅にある、私の覚めない夢を思い出したから...のようです。

そう、夢と現実の世界の境目が解らなくなるのよね...。
マトリックスを観たときもそうだった...仮想現実と現実...。
エルム街の悪夢とかも、正直怖かった...。
私は、夢の中で、その夢を楽しめなかった...怖くて、怖くて、もがいていたわ。

実際、今でも、未だに、今が現実なのか?夢の中なのか?
正直、判断出来ないでいたし...。

ただ、映画を見終わった時、何かが、腹の中に落ちた気がした。
あの当時、私は、虚無との境界線にいたのかもしれない。
自分で自分を見捨てようとしてた...。防御する私と、
落ちて行ってしまいたい私が、
戦っていたのかもしれない。

映像と音は、とてもリンクされていて、リアルです。

数年ぶりの映画館...たまに、こんな時間を過ごすのもイイですね。
さすがに夏休み!で、周りはカップルだらけでしたが、
そんなの気にならない、映像の迫力でした。
思った程、複雑なストーリーではないです。
難しい世界を、とても、体感しやすく作られていると思います。
by marquetry | 2010-08-09 15:06 | 映画、書物

『闇の子供たち』を読んで...。

のっけから、吐き気が止まらず、半分を読み終えるのに、いつもの数倍時間と気持ちが必要だった...それは、日本から遠い国で起こっている戦争や、人間的に遠いと感じる凶悪犯の悲惨さや残酷さを想像するより、ずっと身近に起きていると感じるほど、生活と社会に密着している問題であり、問題に関わる人達は、普通の生活に溶け込み、その事実を問題だと認識していない怖さがある。
貧困が先なのか?欲求に金を惜しまない大人が先なのか?
どちらも、求めるが故に、噛み合ってしまうのか?
人の果てしない欲求が、生々しい描写となって、私の頭の中に現れる。

これを、映像化するには、かなりの問題が起きそうだ...実際の映画を見ていない私には、どんな風に描かれたのか?気になる所ではあるが、出来れば、目の当たりにはしたくない....自分の想像だけで、十分具合が悪いのだから...。

読み進めて半分を過ぎると、あまりにも強烈な描写の世界に、長く浸ったせいか、
吐き気もせずに淡々と読む自分に気がつく....はっとその自分に、ギラギラした欲求を感じ、一層恐怖を感じる。

『itと呼ばれて』や『誰も知らない』など、子供に対する大人の残酷な仕打ちを、今までも読んできた。特定の大人から受ける虐待の世界で、子供たちが、人として扱われない事や、その子供が求める唯一の大人に怒りを感じたが、これは、怒りと言うより、絶望...題名の暗闇...そのもの...何も感じたくない世界がそこにある。
不特定多数の大人が、それぞれの欲求のために使い捨ての道具化している世界...まさに、生身の大人のおもちゃ。この世界は、特定の人達に利用されているだけではなく、不特定多数の大人に黙認され、また、誰でも、利用可能なほど情報があると言う事。
なんて表現したらいいのか....言葉が見つからない。
あるシーンに、良く働いた自分のご褒美に、少年を買いにこの国まで休暇を過ごしにくるキャリアウーマンの姿が描かれているが、彼女は、いとも普通に、性的欲求を彼(8歳や10歳の子供)で満たす。描写にのめり込む自分も、彼女と何ら変わらないのではないか?と自分を責め立て、自分の感覚を破壊したくなる思いが、いっそう、胃袋を、ヒックリかえし、のどに込み上げる。人の欲求と言う計り知れない暗闇は、自分にも存在している...最初、便器を抱えながら読んでいた自分が、遠い存在に感じてしまう。

どこまで現実で、どこまでを想像で書いたものなのか?は解らないが、
従順にしたがう子供相手に満足する大人たちは、世界中に存在して、何食わぬ顔で、暮らしている。その子を買う事に、なんのためらいも罪悪感も無く...ややもすれば、慈善事業をしている気分の輩まで描写される...。
この世界は、爆撃で命を一瞬にして奪いさる事よりも、もっと悪業ではないか?とさえ感じる。お金のために売られ、生きて抜け出せない地獄に囚われ...道具として生かされ、扱われ、その世界から出るのは、病気で死に、ゴミとして捨てられる時だけ。もしくは、命をお金で買われた時...。
この子たちを買う大人たちに聞いてみたい...自分の子供にも、同じ事が出来るか?と。この子たちを売り、そのお金でTVを買い回りに自慢する親に問いたい、何故自分の命を売らないのかと。子供を産むのは、お金になるからなのか?と。

この暗闇に、自分は踏み込みたくないと思うが、見ぬフリしたり、人ごとで済ませてはいけない問題でもあると思う。かといって、私に何か出来る事がある訳じゃないかもしれないが、普通の暮らしの中で、快感も、満足も感じられる自分でいたい...。お金で解決できる欲求も、物事も、手軽でいい?その世界は、何も生まないし...何も感じない世界でしかない。
怖い事に....現在の日本も似たようなものだと感じる事が有る。
手軽な分、苦労や辛さが無いから、ありがたみも無い。
人との間に愛を育てる苦労が無く、お金や力で性を処理すれば、実際生まれる出てくる子供にも、愛情が生まれる事も無く、育てる気もさらさら存在しない...。
何かを感じてしまえば、辛いばかりだから、閉ざしたまま...何を見ても、感じない事が、自分を守る防御...そのうち、本当に何も感じなくなる、自分にも周りにも。

怒る事も、悲しむ事も、泣く事も許されない世界に、喜びなんて存在しない。
辛さも、苦しさも感じない人間に、とびっきりの笑顔は作れない。
腹の底から笑いたいなら、五感をフルに使って感じなければ、心は解放されない。

結局、この暗闇は、戦争や貧困が生み出したんじゃなく、人が作り出した世界。
恐怖は、貧困でも戦争でもなく、見境の無い欲望なんだ。
自分と同じ人間なんだ....その事実が、何よりも、痛く突き刺さった。
by marquetry | 2009-01-04 20:43 | 映画、書物

『キングダム』

映画『キングダム』...王国(ここでは石油により出来た数十の王国を指している)
純血、閉鎖的伝統文化の継承、城(隔離された要塞)などをイメージしてしまう...。
その歴史解説から本編が始まるのは、テロの発端が何であったのか?を
思い出させるための思惑が伺える。
以下最後に、概略歴を記載する。

物語では、世界貿易センター崩壊の同時多発テロ後、
略歴に出てくるサウジの外国人居住区内で起る襲撃及び自爆テロから始まる。
のんびり野球をしている最中に銃撃がおこり、四方八方逃げ惑う住民に、
制服警官が安全な場所へと誘導し、住民を非難させたその場所で自爆、
更にけが人のための救助がはじまりけが人が集められ、調査のためFBIや警官が集まったところで、また大爆発が起る...という卑劣なシーンから始まる。
警備警官も巻き込まれた大惨事...数百キロクラスの爆撃が落ちたのと同じ規模の爆発だったとFBI本部は映像から判断する。
FBIの主人公は現地の友人から、銃撃後の惨状から助けに来てほしいと
電話をもらうが、会話中に最後の大爆発が起きる。

FBI本部もすぐに駆けつけたいところ、議員らによる危機管理委員会から、
イスラム教徒を刺激したくない...と言う理由で、反対される。
上司の黙認を得て何とか主人公の仲間4人でサウジへ入国する。
襲撃の犯人は皆死亡してしまっているものの、警官の制服を着ていた事から、
地元警官は捜査から外され、軍がまんじりともしない証拠集めをしている。
主人公等は、死体にも証拠品にも触らせてもらえず、全く捜査にならない。
猶予は5日しか無いのに....。

コノ物語の中で、見逃したくないのは、映像の中にまぎれて映るサウジの人々。
普通の人々に紛れたテロの実行者達。
映画を見ていると、ここにはテロに加担していない人等いないのではないか?
と見えてしまう程、普通の生活の中に、爆弾作りなどがとけ込んでいる。

最後のシーンでは、殺されたテロの首謀者の孫と、主人公の台詞が、
ユニゾンする...立場も環境も違うし、問題の捉えかたも違うが、
同じ台詞は、テロの悲劇が終わりの無い事を示しているように感じられた。

いつでも外から新しい風が吹きこんだ時から、始まる...。
まるで、何かに目覚めたかのように、人々は変わっていく。
物欲と権力が歯車を狂わせ、隣で笑っていた人達を、憎むように変わっていく。
人の思考は、高きから低きへ流れやすく、高い意識を維持する事は難しい。
真新しい事に翻弄される者と、古きものにシガミツキ安穏としたい者とに、
たいした違いは無い...幸せに過ごしたいだけ。
なのに、極端に強い正義感や力(権力や富)を持ってしまった者が、
彼らを二分する。
パワーゲームに巻き込んだのは?
敵味方関係なく、憎しみは引き継がれ、増殖し、新たなテロを産む。
....最大の犠牲は、子供達の未来だ。そんな未来を、終わらせる方法は有るのか?
現地制服警官とFBIの主人公がたった数日で築いた信頼は幻なのか...。

実話を元にしたらしく、最後に3人(4人かな?)に捧ぐ...と言うメッセージが
黒い画面に浮かぶ...。

新旧文化の衝突、宗教が浸透した生活、
平常のない日常、ベールに隠された表情、
願いや祈りとは裏腹に、衝突の耐えないコノ国には、
光と影がハッキリと存在する。


=略歴=
1932年
イプン・サウードはワッハーブ派の協力でアラビア半島を制圧し王国を建国。

1933年
王国は井戸を掘削中に黒い水を見つける...石油の発見だ。
国王イプン・サウードは、ワッハーブ派が求める原始イスラム教への強硬的回帰や反欧米の声をよそに、石油の生産を欧米に許可する。

1938年
サウジアラビアと米国は共同石油会社を設立し、労働者のために、外国人居住区を作る。ここでは、厳しいイスラム法も適応外...(目の前に異文化が現れるのだ)。

1945年
エジプトでの会談でサウード国王は当時のルーズベルト大統領にこう話す。
『アメリカが歓迎されるのは、サウジを守ってくれるからだ!』
王国は石油による富で浪費を重ね、イスラム保守派の信頼を徐々に失っていく。

1970年
中東戦争勃発(ユダヤ人国家イスラエルと周辺アラブ諸国との戦争)
このとき米国は後発ながら、英国や仏国と共にイスラエルを支持。
このことで、サウジは石油産出停止、輸出禁止を世界に向けた。
世界的に石油価格が4倍に跳ね上がる...いわゆるオイルショックだ。
世界の勢力図に変化が起きた瞬間と言える。
そしてサウジアラビアを含むアラブ側にはソ連が支援し、
代理戦争とまで囁かれた。

戦争の中心となるパレスチナは、長くイスラム国家の支配下に有りながらも、
ユダヤ人とアラブ人は互いに互いを認め合いながら共存してきた。
このバランスを崩したのは、第一次世界大戦イギリスとフランスによる
植民地化が進んだ頃の海外ユダヤ人達による帰還運動である。
植民地パレスチナに世界中からユダヤ人が入植して来たのだ。
急増したユダヤ人達は、欧米白人と同化が進みすぎていたせいか、
元々いたパレスチナ人やユダヤ人とも友好をの望まず、
自分たちだけの楽園を求める。
ついには、今まで仲良く暮らして来た元居のユダヤとアラブの間にも影響し、
長い友情は失われていった。...これが本当の失楽園だ。
第二次世界大戦ナチスによるユダヤ人虐殺は、多くのユダヤ人のパレスチナへの
難民移動に拍車をかけ、イギリスは入植を制限したが、その度にテロに合い、
お手上げ状態となり、国連に問題を提訴する事となる。
1948年イスラエルの建国をユダヤ人は宣言するが、アラブ人側との武力衝突は、
収まる事が無かった。そして、アラブ諸国との-中東戦争-の勃発である。
1981年イランイラク戦争
イスラム革命(イラン国内によるイスラム原理主義による政権奪取...
...国王追放)により、脅威を目の当たりにしたアラブ諸国の王室は、
イラクを最前線にイランと全面戦争をする。
この時、米国もソ連もこぞってイラクに支援した。

1990年イラク軍がクエートに侵攻した時、オサマビンラディンは、祖国サウジを支持し、アフガニスタンからの派兵を申し出るが、サウジが選んだのは、50万人の米兵だった。....翌年湾岸戦争に突入。
この頃から、オサマビンラディンは、祖国サウジ王国を酷評し、
米国との関係を神聖ではないを非難し始める。...世界中でテロが勃発し始める。
この動向から、監視されていたオサマビンラディンは、とうとう祖国サウジアラビアの国籍を剥奪される。

世界貿易センターが崩壊した時、
ハイジャック犯19人中15人はサウジアラビア人だった...。
これに困惑したサウジアラビア王室は、アメリカの敵になる事を恐れ、
『王室は同時多発テロを許さない!彼らは、イスラム教徒ではない!』
とコメントする。

保守派から過激派へと変貌するワッハーブ派と親米王室との対立は、
このテロにより表面化し、伝統と近代化の激しい衝突が
この国では混沌と日常化していった。

「キングダム/見えざる敵」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
by marquetry | 2008-10-15 15:20 | 映画、書物

映画『Juno』

Junoを中心に、余分なものが全くないストーリーと映像が、
問題をずっとシンプルに、ブレずに、まっすぐ、投げかけている。

16歳の『Juno』に、私は感心させられる。
Junoは、自分の感覚に正直で、ずっと真剣に生きている。
周りの大人には、理解しがたい、見た目や、言動が、
一風かわって見えるかもしれないが、Junoは、自分に背伸びもしないし、
蔑んだりもしない...そのまんまの自分を、よくわかっている...。
退屈でしたsex...なんて言ってるけど、好きな子を感じたかったはず...。
妊娠にはクールに対処したけど...堂々とその姿を世間にさらしたJunoには、
恥ずかしさや妊娠への否定はない。
まんまの自分を受け止め、周りの反応を必死で受け止めている。
本当は、不安でいっぱいだったろうなって...思う。
特に、中絶をやめて、産む事にしたときは、
途中で投げ出したくなっただろうなって思う。
高校に通いながら、大きくなるお腹をずっと興味本位で見られるのは、
ウンザリだったろう。
若いから...何も考えてないから...まわりなんて関係ないのよ!
なんてことは、たとえ十代でも、ない。
傷つくし、見えない視線も、非難も、おばさんよりずっと敏感に感じてる。
そう、映画は云っている。

永遠の愛は、難しい....でも、どんなときでも自分を愛してくれる人がいる事は、
解るだろう...?...今度は、ちゃんと自分の子を産みなさい...。
そういってくれる家族が、何とも、ホッとさせる。
ありのままのJunoを愛してくれる人が、ちゃんとそこにいる。
家族も、友人も、そして彼も....。

心が、やさしくなれる映画です。
人生色んな事あるさぁ...でも、いつでも自分をごまかさず、見失わず、
自分を大事にしてくれる人に気がつけば、未来は、つながっていくのよ...そんな
ほんとうにシンプルな映画です。
by marquetry | 2008-06-27 14:01 | 映画、書物



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