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刺身文化

社会総合 - エキサイトニュース

食中毒問題で、レバ刺しや内蔵が食べれなくなる...。

私は、生食は苦手ですが、ちゃんとした料理人がつくる刺身や内蔵は食べます。勿論美味しいからです。その美味しさは、調理人との信頼が根っこに有ります。...食べておかしいと思ったら、絶対それ以上箸を付けないし、たぶん二度とそのお店には行かないでしょう。...ちゃんとした料理人は、箸を付けない事に気がつき、どうしてか?と理由を聞きます。そして、自分の舌で何がおかしいか?確認します。そして、ちゃんとその原因や理由を考えたり、答えを探そうとします。その場は、違う料理を出して、繕いますが、後日ちゃんと答えを用意してます。聞かれたら、いつでも答えられる様に...。

日本独特の刺身文化は、生産者から調理人の智慧に支えられ口に運ばれると思いませんか?
調理人のいない焼き肉やでレバ刺しを出されても、私は食べないでしょう。生でも大丈夫とメニューに書かれても、きっと焼いて食べます。
それは、他人が安全だと言ったから安全だと鵜呑みにして食べる事は、最も危険だと思っているから。ヒドい言い方ですけど、実際、自分の体が万人と同じとは限りません。私は、今までに、自分の体と付き合い、自分の体の癖や特徴を知ってます。それで鼻や舌や触感で判断する事は、自分の為であり、決して、疑いが前提に有るからではありません(...そのへんは、誤解しないでね)

目の前で調理している姿や清潔感や素材への知識が伺えないところで、どうやって信頼しろと?

近所の焼き肉屋さんは、自分の感で出します。その感も、生産者への信頼有ってこその勘です。
良いレバーが入ったから、今日は刺身も出来るよ〜とか。
ユッケ出来るよ〜とか。これは、刺身で食べる価値有りです。

一粒の菌が付着すると、一時間に10の10倍ずつ増殖する。通常10の6乗未満が食品摂取の基準になっているが、菌に取って好条件であれば、増殖するのに6時間も必要無い。

消毒は、良い菌も悪い菌も一緒に殺してしまう。
でも、弱っている肉は、その後繁殖するのは良い菌よりも悪い菌が先だ。
レバーは血が集まるところ...菌も集まり易い。

カンピロバクターは、牛だけでなく様々な動物につく。
内部につくのは、稀であり、肉や内蔵にカンピロバクターが多く存在するとしたら、
それは、飼育の環境や食生活に問題が有り、動物が弱っていることがほとんどだ。
また、遺伝子が近親交配すぎて弱いなど...。
健康な飼育動物に、カンピロバクターが見られる事は無い。
少なくとも、私が、検体に出したダチョウの経験からすればですけど。

もともと生物には色んな菌が共生していて、ゼロという事自体が異常だと私は思っている。
それらの菌を上手くコントロールするには、健康である事が必要だということ。
除菌や殺菌ではなく、健康な体を作る事以外に無いんです。
もともと自然治癒力の高いダチョウですが、このダチョウも、おいしい肉を作り、サイクルを調整する為に穀物を与えたりします。実際、草だけの肉よりも、穀物のほうが、美味しく感じます。
穀物の食べる動物は、虫がつき易く、病気になり易くなります。何故なのか?解りません。
たぶん、排泄物の匂いが変わり、その匂いが、虫を寄せ付けるのでしょう。
私は、吸収力が高いと言われながら、一種の未消化を起こしていると考えています。
実際、草だけの時は、枯れ草塊の様なウンチをします。これは案外臭いはしません。
肥料にももってこいです。
でも、穀物を食べさせると一気に臭いが立ちます。ハエもよってきます。
自然の摂理で、分解されていない物を、分解し再生しようと、昆虫がやって来たという訳です。

牛もたぶん同じように穀物を食べさせられているんでしょう。
でも、牛も、本来は草食...穀物は、吸収が良すぎで、5つの本来の胃袋は活躍を失います。
穀物肥料により臭うウンチは堆肥にはなりません。逆に、作物を焼いてしまいます。
つまり接触した物全てを巻込んで発酵と分解を繰り返そうとする訳です。

昆虫が寄ってくると、鳥も寄ってきます。色んな生物が寄ってくると、色んな生物の菌が排泄物と共にバラまかれます。そして未知の菌も生まれ易くなります。

飼育から屠殺にまわり、手作業で行なえば、健康な状態と、異常な状態を感じることが出来ます。
でも、機械では無理でしょう。実際に屠畜すると解ります。何匹か裁くと、この内蔵は肥大だとか、肉がいつもより臭いとか...。特に内蔵や血液は主流の食べ物で匂いが変わります。
そんな事が認知しない機械は、その肉や内蔵がどんな育てられ方をしたか?等、気にもせず、ピンからキリまで一緒くたに処理するのでしょう...。
また、トリミングを調理前に必ず行なえば、多くは回避出来る...その通りです。
つまり、生産者と流通者、調理者がそれぞれの役目を果たし、その価値を消費者が払ってくれる限り私は生食は可能だと考えます。消費者が安くれば何でも良い傾向に走り、職人や調理人を排除した結果、五感で守ってくれる物が無くなったと言えるのではないでしょうか?

もちろん誠実な業者や職人である事が前提ですので、そこをガッチリ目利きするのが国の仕事では無いでしょうか?何でも危ないからダメ!なんでも国の責任に押し付ける消費者に負けて法律でがんじがらめにし、逆に守れる人材を少なくしてしまっているとは言えないだろうか?
刺身文化に限らず、作物や酪農、工業技術も、全て同じように、人材が育つような規則でなければ、工業機械の発展もあり得ません。だって機械は人間の感覚をお手本にして作られるのだから...。

話が飛び飛びで、すみません。とにかく、簡単に生食を扱えるのは問題だし、規制は必要だけど、ちゃんと教育する事、それを維持する事で許可する方法を考えるほうがずっと大事な事だと私は思います。
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by marquetry | 2011-10-08 21:14 | Track Back
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