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あら?

積極的なんだね

久々に覗いたら、お休み宣言..ゆっくり養生してくださいませ...。
わたしも、ボチボチサボりながら、書いていきます。

この写真を見たとき...私も相棒が欲しいと、つくづく感じてしまいました。
いいですね...噛み合える相手がいるって...うらやましい。
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by marquetry | 2009-12-06 01:01

喰らう...。

気にはなっていても、なかなかパソコンの前に座る時間もなく...。
仕事もまだまだヒヨッコの私に、会社でブログを書く勇気も無く...。
もちろん、書く暇すらないのが現実なんですが...。
すっかりご無沙汰してしまい、忘れられそうな頃、
皆様お変わり有りませんでしょうか?

新しい会社は、残業するのが当たり前の会社で、お客がわがままなのか?管理している人間が残業ありきの人なのか?私に判断する事は出来ませんが、毎日零時までになんとか家に着くと言う生活...。
今の所、土日を休ませてもらっているので、オトナシくしていますが、たまの休みですら、それも急に出勤命令が出ます。...やめて欲しい...確かに、急な仕事も、予定の変更も有るだろう...。
でも、それも読み込むのも管理の器量ではないのか?ついでに言うと、言われてからアタフタするから周りが振り回される...それもまるで慣例の会社のようだ。
上司に取ってはサプライズ的で、皆の反応を楽しんでいるようにも感じるが、こっちはたまったもんじゃない...。

会社の愚痴になってしまった様に聞こえますが...拾ってもらった身分故、決して、そんな事は口から裂けても言えません...。

そんな新しい会社に面食らいながら、早三ヶ月...、まだまだ図面ソフトに遊ばれている私です。

先日、たまたま夜中にTVを目にしたら、小学生が、卒業までの一年間、自分たちで食べる為に豚を飼う...ということで話題になった実話の映画が、入っていた。

人間は、動物の命も、野菜の命も、喰らって成り立っている...。
だから、クジラがどうとか、イルカがどうとか、騒いでいる保護団体には一度問うてみたいといつも思う。『あなたたちは、霞を食って生きているのか?』と。
誰もが、誰かの命を喰らって生きている訳で、人間が食物にされる事だって決して無いとは言えないだろう...。そうなったら、最後まで逃げたり、抵抗するだろうが、...食われるなら、ただ殺されるよりはマシだと感じるかもしれない。命のリレーは、数億年ずっとそう営まれて来たのだから...。実験台や、遊び半分で半殺しにされるより、食われる方が、私はずっと理にかなっているように感じる。

もちろん、問題になっているのは、無用に取り過ぎる事...違法労働や違法な漁、猟、量。
でも、最近は、無用に取りすぎてなくても、ほ乳類に対し、反対運動が盛んだ。

もっと、極端に言うなら、殺したい程憎い相手がいて、どうしても、殺したいなら、調理方法も考えて喰らうつもりで殺したい。....豚や牛など、隅々まで残さず使い切る様な食べ方は、憎さ余って出来ないように感じるのが、目下の難題だと思う。...余すとこなく食すると言う事は、一種愛情があるからだと私は感じる。感謝する気持ちがあって、余す事無く喰らいたい!という意識が生まれるように感じる。なので、憎い相手だと、残さず食べ尽くせるかどうか?よく考えてから、殺さねばならない。...そうしなければ、むやみな殺生をすることになる...ようなきがする。
食べ尽くせないなら、殺す事はあきらめるべきなのだ!...イザとなったら、人を喰らう強さが、私は欲しい。

こんな書き方をすると、殺人を容認しているかのように聞こえるかも知れませんが、決してそんな事を言いたいのでは有りません。

この映画は、命と向き合うために、豚を飼って食べる!という課題をした実話をもとにしてますが、小学6年生の子たちは、意見が分かれます。
一方は、Pちゃんは一緒に過ごした仲間...食べるなんてヒドい!
一方は、他の豚は食べるのにPちゃんは食べれないのはおかしい!
また一方は、Pちゃんの命にこの先気自分たちで責任が取れないなら、他人に任せるよりも、いっそ自分たちで食べた方がいい!..と様々。共通しているのは、誰もが、本当は、ずっとこのまま皆で一緒にいられるなら良いのに...と思っている事。でも、そうはいかない...自分たちは来年中学校に通うのだから....。
この、課題に正解は無い....答えは出せても、正解は無いのだ。
ただ、店で売られているお肉も、Pちゃんも同じ豚だという現実を理解でき、その事で、一年間ずっとこのクラスの子たちは、食べるか?食べないか?悩み続ける。
そして、もし、次の学年の子にPちゃんを引き継いだとしても、その子たちも、同じように悩み苦しむことになる..こんな悲しい思いは、自分たちで終わらせないと...と言う子まででてくる。
Pちゃんの命は誰の物なの?自分たちが勝手に命の終わりを決めてイイの?
なにも考えずに食べていた頃には、もう、戻れない。

私たち人間に限らず、生きると言う事は、何かの命を毎日喰らい、命をリレーしていく事なのだ。
だから、受け継いだ命を粗末にしちゃ行けないし、喰らう命に感謝出来なければ、食べ続ける事は苦痛以外の何ものにも無くなってしまう。

そう考えると、殺したい相手を感謝して喰らう事が、果たして出来るだろうか?と考えてしまう。
汝、むやみに殺す事なかれ...確かに...ありがたく頂けない命を喰らう事は、精神的に不健康かもしれない...じゃあ、愛する人間なら、喰らう事が出来るだろうか?...この場合、喰らう以前に問題が大きい...。

...この小学生たちは、きっと、コレから先、命を無視して生きる事は出来ないだろう...。
意識する事で、なにかが変わるとすれば、これは、現代の多くの大人に課すべき課題なのかもしれない。子供よりも、大人が病んでいる現代...必要なのは大人の方なのではないだろうか?
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by marquetry | 2009-12-06 00:53 | ダンボの耳



昨日の私から、今日の私が、明日の私へ残すもの。
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